今週の説教

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《今週の言葉》小児祝福合同礼拝

信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。(ヘブライ111)

信仰によって

《希望》とは、待つことと似ています。わたしの息子がまだ腕時計を読めなかった頃、家の外に座り込み、祖父母の到着を待っていることがよくありました。「いらっしゃるまでにはまだずいぶんあるよ。とにかく家に入って朝食を食べたら」そんな声をかけてもお構いなしです。

子どもは、直感的に知っているのです――待つとは、腕時計の問題でも理屈でもなく、こころの(望んでいる)事柄である、ということを 待つとは、約束した相手が必ずその約束(まだ見えない事実)を守り・実行することへの信頼だ、と まだ見ていないが見たこととして、既に実行されたかのように生きるのです。

私たちは待ち望んでもよい。私たちは、イエス・キリストを死者の中からよみがえらせた神に希望をおいてよいのです。「わたしは主に望みをおき/わたしの魂は望みをおき/御言葉を待ち望みます。わたしの魂は主を待ち望みます/見張りが朝を待つにもまして/見張りが朝を待つにもまして」(詩13056)。